企業化 昭和六年(1931)瀧三27歳の頃、 学校教材用と思われる食品模型に出会い、 それが蝋製で実にうまく出来ていることに感動した。 また同じころ蝋製の病理人体模型で巧妙に出来ているのを見て 驚いたことがあった。 それからというもの、瀧三は少年時代に水面に落ちた蝋の花が頭に よみがえり蝋に対する関心は常人には考えられないほど 大きく膨れ上がった。 瀧三は、この食品模型を企業化しようと考えた。当時、食堂のウインドー自体めずらしく 店頭に陳列してあった食品サンプルも極めて幼稚なもので 一般利用度も低くそれだけに市場性はあると考えられるから、 この考えは的を得ていたものといえる。 そして幾度も失敗を重ねながら食品模型の試作に取り組んだ。 そんなある日、ついに食品模型第一号として「オムレツ」の試作に成功したのである。 それを「記念オム」と名づけたのである。 こうして昭和7年会社を設立し、食品模型を貸付と言う当時では珍しい奇抜なアイデアで全国に広めていった。 その後、昭和38年、郡上八幡に部品工場の関連会社岩崎模型製造株式会社を設立!。